考える時は多角的視点で、本質を読み取り把握するとよい

シェアする

人間は日々の問題に際して、どんな比較的冷静な人でも博学家でも意外と自分のことは客観的に解らないものかも知れない。

台風に置き換えてみると、テレビなどで見ると、日本列島の一地域に起きている現象だし、いわゆる情報だから冷静に判断する。

自分の回りがどんな状況かが分かるし、慌てふためくことはない。

flower-180323-4

例えば自分が強風にあおられ、雨風が窓をたたき、ガタガタゆれ、ピューピュー木の 葉を鳴らす不気味な風の音など。

不快感と不安な感情がわきおこり、台風の真っ只中にいるときは、すっかり回りの状況に反応して、感情的になり冷静さを失う。

このように「今」を主観的に体験しているときは、感情が大方を覆い尽くす。

わたしは子供の頃から、物の考え方として求めたのは、360度の角度から物事を判断する能力がほしかった。

宇宙とは、神とは、愛とは、生命とは、生まれてくるとは、死ぬとはなんだろう。病気とは、性格とは、考えるとは、沸き起こる感情とは?物事の本質をズバリ理解したい。

自分は何なんだろう?本質がわかれば「今」の自分の位置付けがわかる。位置ずけが解れ ば、正しく客観的な判断が可能になる。

本質を理解できるようになるには、まず基本的な教育が必要になる。稀には超人や霊能力をもち、生まれながらにして真実を知っている人がいるだろうが、人間は様々な状況で選択をしながら生きている。
だからそれぞれの人の固定的な未来など存在するのだろうか。

何はともあれ情報が必要である。色んな分野の本をよみ、疑問をひとつひとつ理解して咀嚼してみたり、わたしは乱読にちかく各分野の本を数千冊も読みあさったり又検索で調べまくった。

ところが情報はつながっている。たとえば宇宙・科学・物理・歴史・精神・宗教・PC・大脳生理学・心理学・芸術・哲学・etc.

角 度が違うだけで、真実の世界を分けて学んでいるだけで、実相はひとつなので、結局は全部繋がっているひとつの側面に過ぎない。

山へ登るのと一緒で、頂上はひとつだけある。登る角度や、みる角度は360度方面から選択ができる。

本質はひとつ。人はそれぞれに因果応報の摂理により、体験や理解する時期が違うが、やがて全ての真実を悟る時期がくるだろう。

だから「今」生きているのは、人間として学びの時。悟ると人間としては生まれる必要がなくなる。学びの時は、物事を見る角度によっては、実にたのしい体験をしながら学べるわけだ。

見る角度によっては、この世は地獄のように辛いかも知れないが、何てことはない視点を変える と天国にもなるのだ。

量子力学の世界では、人が見ることで状態が確定する。ミクロの世界では物質化する前の状態なので固定的・確定的ではない。

この世に生まれてきて学べることは、本当に有難い教材となり体験できる。本来の人間の能力は、既になんでも与えられているから、それを知るだけでよい。

感謝するこころから叡智が生まれる。愛に渇くことはない。愛は無限に与えられいる。

スポンサーリンク