「至誠天に通ず」という気迫で断固として突き進もう

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自分の心の中心をどこに置くかと考えた時に、「至誠天に通ず」という言葉が思い浮かんだ。

先に結果を求めるのではなく、何かを求める時は、先ず天に通じる己の至誠が大事だと思う。

その至誠というのは、如何なるときも真心と誠意をもって事にあたるという事だと思います。

では、どこに対しての態度なのかといえば、心の視点を天におき「天からの視点」を中心にする考え方である。

他からどう思われようが、自分の心掛けの問題として、天に恥じない態度なら内心が充実して、人に対しても堂々としていられる。

時と場合により態度を変えて生きていくのが、要領の良い生き方のようだが、それはそれで必要だが、それだけでは人間としての本当の成長にはならない。

人間が成長する方向は、過去生からの罪や汚れで曇った魂を磨いて浄化して、本来の神の光を発する魂にすることにある。

魂を磨いて光り輝ける人は、人に対して和顔愛語で、自らが光となり、真心と愛のこころで接していける。それが他に愛と光を与える人になる。

好きな言葉に「未発の中」というのがあるが、未発は喜怒哀楽が未だ起こらない前のもので、中という中庸の心。そうありたいと思う。

「人事を尽くして天命を待つ」という気持ちで仕事をして、ことにあたると気持ちが清々しくなるものだ。

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何だか急に仙人のような話しになったが、「あれがない~これがない」と不平不満な心を180度転じて、自らが光を放ち愛を与える人になれれば良い。

暗くなり人を妬むマイナス思考になったら、マイナスのループとなり、抜け出す為のキッカケを作らないと、人生の光の階段への道を自ら遮断してしまうことになる。

吉田松陰の至誠ある言葉

「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」

正しいと信じたことを 死を覚悟しても断固としてやらずにはおれない。これが日本人の心だという松陰の至誠。

西郷隆盛の至誠ある言葉

「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、おのれを尽くして人を咎めず、我が誠の足りないことを反省せよ」

何と丹田に力を入れて心を定め、凛とした潔い姿勢には、天を相手にした男の雄大な心を感じて清々しい思いがします。

言うことや考えることなら誰にでもできるが、何事も現実レベルで実現させるのは、とても大変なことで勇気が必要となる。

自ら目標を立て、人に働きかけていくことは、大きなエネルギーと勇気が必要となる。

だが人は真剣に生きてい ると、必ず周りが協力してくれる。磁石のような吸引力で「至誠天に通ず」の心掛けで、この命は天に預けるという潔さ。

天が必要とあらば己を生かすだろうし、必要なくば引き上げるだろう。その場その場で全力を尽くしていくことが素晴らしいのだ。

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