問題が起こった時に、解決する判断基準は何を大切にするかによって変わってくる

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我々の見えている現実は、一緒のように思えるが人によって違う。人は皆、価値観も違うし、考え方も環境も性格も違う。

何に関心を持っているかで、見えてくる物も現実が変わるのだ。人間は見ようとするから見えるので、回りが全て見えている訳ではない。

人間には盲点があり、実際にそこにあっても、見たいものだけが視野に入ってきて確認できる。観ようとしないものは 認識できない状態にある。

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問題が起きた時は、どう受け取り、どう対処するかによって未来が決まり、多元的に未来は枝分かれしていくといわれている。

不幸を未然に回避する為の「想定をする」ことで、未然に防げるようにするのが、人間の知恵なのだ。

自分の考えが及ばなかったら、信頼できる人に意見を仰ぐことも大切になる。

人は自分のことは感情的で主観で考えているが、相談された相手のことなら客観的に判断できるので、適格な判断によるアドバイスを与えることが出来る。

又困った時の手段として、未来を占う能力のある人の判断を仰ぐことは、先の不幸を未然に防ぐ為ならげ、その能力を借り に行けば良い。

だが、注意したいのは、適格なアドバイスを貰えるは良いが、依存してしまい自分の頭で考える気や力がなくなることがマイナス点なのだ。

先ずは自分で考える癖をつけて、解決方法を日頃から勉強して身につけた方が無難に人生を渡れる。

信念の力とイメージの力の大切さ

強い信念を持つと、脳がそうなるような方向で実現できるように動く。

理想や理念を決めて断固と決断すれば、希望が叶えられる確率が高くなるのだ。

だからパワーがあり、強い想いを発する人など、感情を伴った成功のイメージ力があると、より現実化しやすい。

何がマイナスでプラスなのかは、何を基準とするかで違う

私は、いつもマイナスの問題があると、瞬時にプラス方向に変換して、良き事として判断している。

今は悪い問題のように見えても、先の人生を考えると、良いか悪いかの判断は逆になる場合がある。

またその判断は、魂にとって損か得かの判断基準がある。 例え自分にとって得なことでも、全体にとって損か得かを考える事が大切である。

積徳なのか不徳なのか?ミクロ的に判断するよりマクロ的にみる方が間違いはないが、全てにとって良いのが一番良い。

まあ、実際問題それは現実には大変難しいのだが。

もっといえば、先の先の(因果応報) まで考えたら、やっぱり自分にとっては徳を積む方向に判断するのが大切なことになる訳だ。

人に喜んで頂くことをして、現実に得をして頂いて、幸せになって頂いて、満足して頂くと全部自分が頂くことと同じになる。

本来は「~させて頂く」という態度が幸せの基となる。

とまあ、人間が生きていると日々様々な問題にぶつかり、その都度判断していくときに、目先の損得に拘らず特を積む方向なら世の中の争いがなくなるだろうと思う。

そこまで考える余裕があると、問題は問題ではなくなり、貴重なる学びとなるから俯瞰してみれば有難いものとなる。

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