苦難の山を越えたときに見えてくるものは感動か無心か

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人は「世のため人のため」をはっきりと自覚して発願したら何かが変わる。

自分のことだけの悩みで、苦しんでいても袋小路に陥るだけ。

自分だけ不幸に思えるとき、不幸の度合いは本人しか分からない。

だが、そんな苦難の山を何度も乗り越えたときに、以前の自分の苦しみが見えてくる。

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壁にぶつかっても乗り越えるごとに、心に大きな度量がついてくる。

何があろうが、「ど~んと来い!」と、大きな波に向かって胸を張る勇気と自信ができる。

「人も良し、我も良し」と本心から思い、「自利利他」を願う気持ちでいるとき、内なる何かが変わる。

いつも清々しく自分を信じる気持ちが強くなる。人の心を包み込めるほどの、愛の心が芽生えてくる。

何の邪心もなく本心からそう思っているとき、自分で自分を信じることができる。

人は騙せても自分だけは騙すことはできない。

自分の目や表情や言葉づかいや、からだ全体から醸し出す雰囲気が、無言で全てをさらけ出しているのだ。

自分から発しているのだから、自分を正して変え るしかない。

山で叫ぶこだまのように、自分に返ってくる。

光に向かって歩いても、影は絶対に離れずついてくる。

人は人の為に生きたとき、本当の生き甲斐がうまれ、腹の底から力が湧いてくる。

人の痛みが本当に分かるようになり、相手は自分の鏡のようだと感じるようになる。

そんな時、人は自分の悩みを忘れる。人を慈しみ愛の意味を知るようになるのだ。

真実の愛の詩が書けるようになる。「みんな元気でいてね」と心から思えるようになる。

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