ネット社会の発言力を活かして、自分の柱を立てて発信していく時代

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宗教は遥か昔から存在した。今のような教育を受けていない時代、人々の心の拠り所となり、救われて助かった人がいたと思う。

どう救われて助かったのは、個人的な問題だが、人は生きていく正しい指針を持たないため、目標も曖昧で迷いやすいのだ。

それは学校でも社会でも「人間は何のために生まれてきて、どう生きるのが正しく、皆必ず死ぬが死んだらこうなる 。」とはきっぱりと教えてはくれない。

人間は生きる目標が定まらず、ただ目の前の問題と、生きる生活の糧を稼ぐ為に右往左往するが、何も分からない人々が何処へ辿り着こうとしているのか。

真相は、人間が生きることの真実が分かったら、この世での修行にならないので、自分の力で悟れと示唆されているのかも知れないが。

今の日本の風潮では「無宗教です」と答えることが主流となり、相手から「宗教にハマったヤバイ奴」という、誤解を受けて色眼鏡に見られることを避けられる。

今の日本人の宗教に対するイメージは、宗教=カルトという、何をするか分からないという拒否反応が植え付けられている。

それは過去にカルトによる事件が表面化して、人々に大きなショックと恐怖心を植え付けたからだ。

宗教は人を救うという教義がある筈なのに、平和にするどころか、戦争の火種になり正義の御旗を掲げて、合法的な殺人を行っている現状がある。

テレビや新聞を賑わし、まるで戦争ゲームのような感覚で敵を無差別に殺している。それを報道で見慣れた人々が、次第に無反応にさえなっている。

宗教の教義では「ありがたい」ことを教える。最初は教祖の能力と志しが高いのかもしれないが、宗教団体を作ると変わってくるような感じを受ける。

宗教団体を作るには、先ずは主張するべく教義が数十条か必要になる。その下に信者が数十人かいれば宗教法人が設立できると聞いている。

法律が定めている宗教法人なの で、それに対しては何の文句もないが、組織化すると当然、組織の規模の拡大や、運営(集金)問題が出てくる。

信者は布教という義務が出てきて、自分の宗教への勧誘と寄付を集めるような活動が必要になってきて、一生懸命に冊子を配り勧誘する信者がいる。

「この宗教には入らないと幸せにはなれませんよ」という話し。教祖と布教する信者がいて、宗教法人のヒエラルキーが出来上がる。

これまでに、信者さんを何十人も見てきたが、まじめで真剣で優しい人が多かった。

家事や家族の世話を犠牲にしてまで、布教の為に朝早くから春夏秋冬、どんな天気にも係わらず、正義に燃えて頑張っていた。

そして 真剣に良い宗教を広めることが功徳になるといっていた。困った人を助けるのは尊いことだとは思う。

しかし、そんなエネルギーがあるのなら、自分の魂からほとぼり出る、神のパワーを発動して、助ける人に本来の力があることを教えて欲しい。

人間には色々な事情があり、生き方も自由自在だが、そろそろ自分の中の神性を、自覚して見出したいものだ。神は内にある。

人間の本質を理解して、言葉の力や、愛のエネルギー。宇宙を創造して生きとし生ける物を創造した原点となる神のエネルギー!

それらが持つ創造性や奇跡の力。人は神本来の力を内にもっている。量子力学などの実験でも、人間の意識が持つエネルギーの創造性が分かっている。

AIが人間の頭脳を遙かに超えて、後少しで、人間社会がAIに管理されようとしている時代では、人間にしかできないことをやるしかない。

人間が生きた証として、インターネットを活かし、自分の持つ創造性や、他者とは違う能力を活かし、自分に備わっている個性を活かすのがベスト。

人間が本来持っている力は絶大で、自分の内から出るエネルギーとパワーを発動させて、貴方が悟った真実を、貴方から伝えて欲しいと願っている。

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