「世のため人のため」が自分のため。自分の視野が広がり、人類や宇宙的規模の領域になる

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「世のため人のため」が自分のため。それをを自覚して発願してから、何かが変わった。先ずは自分が先に変わった。

「相手も良しわれも良し」と本心から思い、「自利利他」を願う気持ちから、自分が生 きるだけで精一杯な「我欲」だけの世界から、一気に視野の広がりを感じた。

いつも心が清々しく自分を信じる気持ちが強くなる。何故ならば本心を知っている自分だからこそ、自分の腹の底を信じることができる。

もし私自分が魂胆があって、そんな風に言っているだけなら、自分を決して信じることができないだろう。良心が許さない。

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誰もが人を騙すことが出来ても、自分を騙すことが出来ないのだ。自分を騙し思い込んだつもりでも、潜在意識の中に蓄積されていき本心が仕事をする。

自分から発した、言葉やそのニュアンスに相手が反応する時は、その相手なりの過去の経験にから出来上がった、考え方で受けとめているだけ。

相手がどう思おうがその人の感性だから、何も気にして悩むことはない。肝心なのは自分から出た誠の言葉が、自分だけの自他の利益を考えのことかだ。

自分だけが得をしょうとすると、結局、目先の短絡的な利益に惑わされ、果ては損ばかりすることになる。

そもそも祈りとは意識を(い)乗せる(のり)ことをいう。つまり自分を昼夜を問わず、報酬も取らずに守り続けているはずの守護霊に伝えることをいう。

潜在意識に蓄積されて実現されるというが、そうなるには~自分の願う物事が実現されるには、順序と内容の前提条件がある。

順序としては宇宙全体を司る神は、我々の願いを、ひとつひ とつ叶えて下さる訳ではない。人間には誰でも守護してくれる見えない存在がある。

生まれながらに自分を守護してくれている、その守護霊に先ずはお伝えして、生願成就のお願いをすることで実現される方向へ、諸々の必要条件が動き出す。

全部自分が努力をして実現の方に視点を合わせて動くのはもちろんだが、目標と努力の方向に道は開ける。

そして生願成就のお願いで神社で手を合わせる時は、何よりも先に神様に日頃のご守護に感謝する。それから、自分の決心を報告して手を合わせる。

決してお願いしたから、自分の願いを無条件に叶えてくれる訳ではない。本人の願いを実現する為の、お願いの内容が問題なのだ。

人を呪ったり、引きずり下ろそうとする邪心からの願いなら、守護してくれる存在は、決してその実現の為には動けないのだ。

何故ならば、実現に力をかせば本人が不幸になることだから。波動と霊格の高い守護霊さまほど動かない。高い次元から先の先まで見えている。

自分の波動が低ければ、どんどん悪い波動の存在が寄ってくる。そして悪の方向に進むことをそそのかされる。どんどん不幸になる方に誘導されるのだ。

本人は知らず知らずに落とされて、悪いことやマズイことを無意識状態でフラフラとやってしまう。

結局は本人の心がけ次第なのだ。その人が日常どんな言葉を使い、どんなことを 思い、どんな行動するかは、その人の意思に任せられている。

人間は自由に選択するという自由意思を持たされた存在なのだ。結果?ついて誰にも文句は言えないのが、選択の自由。

自分の願いが「人も良し、われも良し」であるか?もしそうであるならば、その人自身が溢れんばかりの愛情に満ちて、人やすべてに優しくなり、感謝の念に満たされる。

その上、守護霊からのメッセージを受け取れるようになる。そのために必要な人間の要素としては「素直な心」に我見や我執を捨てることが肝要。

それにより「インスピレーション」を受けたり「閃き」が湧いてくるようになる。波動がマッチするから高い波動のメッセージを受け 取れる。

呼吸を整え瞑想で精神統一をすると良い。だが、精神統一しても高い波動かどうかは別問題となる。ただ単に自我を無にするときは危険が伴う。

こんなときは人は良く「神がかり」になったりするが、見えない相手が正しいのか、悪い存在なのか判断することが出来ないからだ。

私の昔の知人でそれを勘違いして、破滅した人がいる。自分が神になったような気がしても、そんなわけがない。直接神さまが乗り移ることはない。

結局悪い波動のものが憑いていて騙され翻弄されて身も心もボロボロになり、悲惨な結果になった。

宇宙のシステム上絶対有り得ないのに、邪悪な存在に騙されて、有頂 天になって病気直しをしていた。病気はその人の心の癖や、積み上げたマイナスの業の解消からなる場合が多い。

その人のカルマの解消と進化のための必要性からなるので、それを乗り越えることに意義がある。神がかりで、例え直ぐに病気が治ったとしても、本人が心を変えなければ、何度でも似たような病気を繰り返すだけ。それは本人の永久に死なない魂の、磨きのために必要な修行だから。

現象が起こっているのは結果の世界だから、根本的には本人が気付き心と行いを変え、原因を変えるしかない。

感謝の心と言葉はすべてを変える。朝から晩まで「ありがとうございます」と今生かされている自分がいることにの「感謝」することである。

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